12/31/2007

おおつごもり




「大晦日」は、おおみそか、という言い方のほうがよく耳にするけれど、母は昔から「おおつごもり」と言っていた。自分の中のイメージだけなのだが、おおつごもりの方が、ひどく寒そうに聞こえる。



今日は風が強く、ひどく荒れたお天気で寒かった。いやいやと渋る自分を叱咤激励しながら、外回りだけでも、と玄関周りの掃除とプランターの植え替えをした。小さな水仙と、オキザリス、ビオラ、定番の葉牡丹。

新年を迎える準備に、子供が小さかった頃のような気合が入らない。隅々まで大掃除をする元気も無いし、もちろん、手のかかりそうなお料理はデパ地下でお買い物をして手抜き。

結果、お正月にもかかわらず、あらたまった気持ちにならない。

 

あとは、ぐずぐずと先延ばしにしていた、回収日に出しそびれた使用済みの蛍光灯を残しておきたくなかったので、よく行く電気店へ持って行った。市内の大型の電気店やパソコンショップに行くと、必ずといっていいほど卒業生か、元訓練生に会える。働いていたり、お買い物に来ていたりするので、そういった所に行くのはちょっと楽しみ。



昨日と今日は、よく車を使うので、デパスなしで過ごしてみた。車の運転は苦にならないのが救い。夜眠れないので、今夜は寝る前に飲んでみようかな。



今日は、ハンターなサブが、野鳩を捕まえていた。犬をチーズでおびき寄せて鶏小屋に閉じ込めたところで、ショックから立ち直った鳩が飛び立って逃げてくれたので、ひと安心。

犬のクセに、猫のように狩りをするから困る。スズメとか、○とか、子供に片付けてもらうまで、庭にでられないもの。

 

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さて、今年のまとめ。

今年はやっぱり、春先の母の足の切断手術以来のことが、私の中では全てに関連している。
本当に大変だった。父も亡くなり、母の兄弟姉妹も亡くなり、相談して頼りにしたい人はみなもうこの世の人ではない。兄は逃げ腰で、何もしない、できない理由を並べ立てるだけで手伝いにしかならない。言い訳を聞いているだけで時間の無駄。兄弟として存在していると思うだけで、腹が立つ。身内の中で、唯一の救いは、息子が、大学4回生で時間的に余裕があり、できる範囲で協力してくれたこと。
この子がいて、良かった!と思うのは、いつものこと。私が生んだ子供としては上出来の子供だと思っている。ここに書くと際限なく親ばかな内容になるだろうし、書ききれないほどあるので、私の中にしまっておくけれど、この子は私の宝物であることは間違いない。この子がいたから幸せなことがたくさんあった。(子供にはいつも憎まれ口ばっかりのくせにね。)

県病院で手術して3ヶ月、伊予病院でリハビリ3ヶ月。退院後はデイサービスに預かって貰いながら、大変だけれど安定した毎日が少しずつ戻ってきた。

入院中はいったいどうなることやらと、お先真っ暗な状態だったから、曲がりなりにも、こんな風に平和な大晦日を迎えることなど、想像できなかった。
本当にありがたかったのは、各病院の先生方、病院の職員の方、ケアマネージャの方、デイサービスのスタッフの皆さん。そして、問題の多い母の主治医を引き受けてくださったとみの先生。それから、私の困った状況に、できるだけの配慮してくれ、わがままを聞いてくれた職場の上司。どなたにも、感謝の気持ちでいっぱいで、どんなに感謝してもしきれない。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

心筋梗塞からバイパス手術暦あり。糖尿病にて片足切断。認知症。
身体障害者2級、要介護4。
私が介護ロボットと化して、疲れもせず、文句も言わず、苦痛を感じないなら、なんと幸せなんだろう。
もうちょっと、身体が元気なら、心も元気になれるだろうか。
更年期と、めまいと、憂鬱。早く直したい。

それから、我が家で唯一の明るい出来事は、息子の地元テレビ局への就職が内定したこと。 物事の本質を見失わないように、全力を尽くしてがんばれ!


私的に衝撃だったのは、自分自身でも信じられないことに、禁煙しているということ。これはすごい。
 


波乱万丈だった今年も、もうすぐ終わる。
来年は、平穏無事な1年を過ごせますように。

とても辛い最悪の年だった反面、無理難題を何とか乗り越えることができた最高の年だったとも思える。大勢の人に助けられ、来年はお世話になった人々に感謝して、自分のできることを通じて、何か恩返しができれば良いと思っている。
 
今日のブログは、書き始めて約6時間。書いたり、消したり、書き直したり。おそばを食べたり。テレビも見たり。今年もあと1時間ほど。
 
 
いうまでもなさすぎて、一番大切なことを書いていなかった。
それは、母がどんなになってでも、生きていてくれることが、ありがたいということ。母もまた私の宝物である。どんな姿になっても、どんなにボケてしまっても。どんなに手がかかっても。 母がいてくれるだけで幸せ。 この人は、大勢の人によって生かされているのだ。

父を亡くしてから何ヶ月も、私は何をしていても、ちょっとした拍子に涙がぼろぼろ出てひどい有様だったけれど、母がいてくれたから立ち直れた。父のようにあっさりと母がいなくなってしまったら、私は立ち直れないかもしれない。きっと、お別れのときがきても、私が観念してすんなりと諦めて受け入れることができるように、呆れるほど、うーーんと私を困らせてから、旅立つのだろう。そして、そうあって欲しいと思っている。
(と、2008・元旦から書き直していると、訳も無く涙がぼろぼろ出て止まらない。やっぱりデパス飲もう。)

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